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マレーシアEV規制強化と中国勢流入 現地生産シフト戦略の全体像

by 坂本 亮
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はじめに

マレーシアが2026年に入ってから打ち出したEV政策の修正は、単なる輸入規制ではありません。輸入完成車で需要を育てる段階から、現地組立と部品産業の育成を優先する段階へ重心を移した転換です。焦点にあるのは中国メーカーです。中国は世界最大のEV供給国であり、価格競争力と供給スピードで東南アジア市場を急速に押さえています。

その圧力はマレーシアでも無視できません。2025年のEV販売は3万848台と前年比109%増でしたが、政府は2025年末で輸入CBUの優遇を終え、2026年からは現地組立の枠組みへ切り替えました。狙いと影響を整理します。

輸入優遇終了と制度転換の中身

RM250,000基準への復帰

まず押さえたいのは、2026年1月1日を境に輸入EVを巡る扱いが大きく変わった点です。MITIのApproved Permit案内では、電気自動車のFranchise APとOpen APについて、2025年12月31日までは一時的救済措置として最低販売価格をRM100,000に緩和していたと示しています。これは需要創出のための時限措置であり、恒久制度ではありませんでした。

2026年3月31日にMITIが公表した説明資料では、この特例終了後の標準ルールとして、輸入CBU乗用車の最低OTR価格はRM250,000だと改めて明記されました。ここで重要なのは、2026年春の報道ではRM200,000という数字も流れたものの、少なくとも3月31日公表のMITI公式文書と4月13日時点で閲覧できるMITIのAPページでは、CBUの基準はRM250,000として確認できることです。数字が錯綜して見えるのは、CKD案件に付く条件とCBUの一般ルールが混同されやすいためです。

一方で、MITIは同じ3月31日資料で「floor price policy」を見直し中だとも説明しています。2026年4月時点の基本線はRM250,000に戻したうえで、今後の市場反応を見て再調整する余地を残しているわけです。現時点では、安価な輸入EVの大量流入より、国内生産へ移る投資を優先する意思表示と読むのが妥当です。

現地組立前提のAP MRA EV

より本質的なのは、2026年1月開始のAP MRA EVガイドラインです。これは「市場調査と組立前ブリッジ」のための輸入枠で、現地組立を始める前提の企業だけに認められます。MITIのガイドラインでは、申請企業はすでに現地組立モデルの承認を受け、製造ライセンスまたは地場工場との組立契約を持つ必要があるとされています。

枠もかなり限定的です。乗用車と二輪車は1モデルあたり200台、商用バンとトラックは50台、バスは30台で、いずれもone-offです。さらに有効期限は2030年末まで、または現地組立開始までの早い方です。言い換えれば、2022年から2025年までのように、完成車輸入を主軸に市場へ入り、あとで生産を考えるという進出方法は難しくなりました。2026年以降のマレーシアでは、輸入は本格販売の主役ではなく、現地生産へつなぐ助走に位置づけられています。

中国勢が最も影響を受ける理由

中国の供給力と価格競争力

この制度転換が「中国狙い」と受け止められるのは自然です。IEAによれば、2024年の中国のEV販売は1100万台超で、国内新車販売のほぼ半分を占めました。中国市場では価格競争力の高さが販売拡大を支えており、同国メーカーは国内で鍛えた量産能力を輸出へ回しています。

その影響は新興国でとくに大きく出ています。IEAは、2024年に中国以外の新興国で増えたEV販売の75%が中国からの輸入で説明できると分析しています。さらにタイやブラジルでは、中国製輸入車がEV販売の85%を占めたとされます。つまり、マレーシア政府が最も警戒しているのは、国籍そのものよりも、中国メーカーが持つ規模の経済と価格破壊力です。輸入段階で市場を一気に取られれば、現地メーカーと部品企業が投資回収前に圧迫されるからです。

IEAは別の章で、中国OEMの海外生産能力は2026年までに430万台超へ拡大し、そのうち東南アジアは最も増勢が強い地域になると見ています。インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムはいずれも、輸入より国内生産を促す政策や、現地生産を約束した企業への税優遇を組み合わせています。マレーシアの政策は特殊な例外ではなく、東南アジア全体で進む「市場開放の対価として現地化を求める」流れの一部です。

マレーシア市場への浸透

ただし、マレーシアでは中国勢の存在感がとくに強いのも事実です。MITIの3月31日資料では、2025年12月時点で国内にある34の外国ブランドのうち14が中国ブランドだと説明しています。Protonの李春栄CEOも2026年1月に、マレーシアでは中国系ブランドが21ブランド、58モデルに達し、その64%がEVだと述べています。

2025年の販売急増もこの流れを裏づけます。Paultanが紹介したMAAデータでは、同国のEV販売は2024年の1万4766台から2025年に3万848台へ倍増しました。背景にはCBU優遇の期限切れ前の駆け込み需要があったとみられます。政府から見れば、優遇が長く続くほど、完成車輸入が既成事実となり、あとから現地組立へ誘導する難易度は上がります。2026年の制度転換は、その固定化を防ぐためのタイミングでもありました。

マレーシアが守ろうとする産業基盤

ProtonとPeroduaを軸にした雇用

マレーシア政府が厳格に見えるのは、自国の自動車産業が単なる一企業ではなく、雇用と産業政策の塊だからです。MITIの3月31日資料では、Proton-GeelyとPerodua-Daihatsuが国内車両販売の63%以上を占め、70万人超の雇用とGDP約4%を支えると説明しています。MIDAの関連資料でも、自動車産業は製造業の重要な柱として位置づけられています。

さらにMITIは、Perodua-Daihatsuの主力モデルで75%以上、Proton-Geelyで76%の現地化率に達していると示しました。これは単に工場があるという意味ではありません。金型、内装、電子部品、塗装、物流、整備、人材育成まで含む裾野の広さを意味します。中国メーカーの大量輸入車が安値で市場を奪えば、影響は完成車メーカーだけでなく、数百社の部品企業とサービス網へ波及します。

この観点から見ると、MITIが使う「developmental」という言葉は重要です。保護主義か自由化かという二択ではなく、需要喚起フェーズでは輸入優遇を使い、その後は国内産業の技術蓄積と雇用維持を優先する段階へ切り替えるという考え方です。マレーシアはEVを普及させたい一方で、自国メーカーを単なる販売代理店にしたくはありません。

CKD比率と輸出条件

BYD案件を巡る論争は、その本音を最もよく示しています。MITIの3月31日資料では、BYDの製造ライセンスには、国内販売を年1万台に抑える枠組み、国内でのボディー、塗装、トリム工程の実施、CKD車の最低OTR価格RM100,000といった条件が付くと説明されています。ここでのRM100,000はCKD国内販売条件であり、CBU一般ルールのRM250,000とは別物です。

また同資料では、BYDの想定生産のうち国内向けは20%相当で、残りは輸出を優先する設計だと説明されました。CNAの4月8日報道も、政府がマレーシアを単なる販売市場ではなく、FTAを活用した輸出生産拠点として使いたい意図を読み解いています。輸入完成車が増えるだけでは貿易収支と技術移転に限界があるため、政府は「売るなら作れ、作るなら輸出も担え」という条件を課しているわけです。

この発想は、Proton自身のEV戦略とも連動します。Protonは2025年通年販売が15万7976台で、e.MAS 7は同年のマレーシアNo.1 EVでした。政府としては、国産連合がEVの量産体制と販売網を整える前に、中国勢との価格競争へ全面的にさらされる事態は避けたいのでしょう。中国勢を締め出すというより、国産側がEV化へ移る猶予を確保したい構図が見えます。

消費者と投資先としてのマレーシア

価格上昇と選択肢の変化

消費者の立場では、今回の政策は短期的に不利です。2025年までならRM100,000前後の輸入EVが市場拡大の主役になれましたが、2026年以降は新規輸入ブランドや新モデルの参入ハードルが大きく上がります。既存ブランドは在庫や販売戦略で価格を調整できますが、新規参入組は市場調査用の少量輸入か、最初からCKD投資を伴う進出を迫られます。

そのため、手ごろな価格の中国製EVが次々に入ってくる展開は想定しにくくなりました。CNAでも、消費者が安価なBYD車などへのアクセスを失う可能性が指摘されています。ただし、長期的には別の見方もできます。現地組立が増えれば、CKD向けの税優遇は2027年末まで残っているため、量産と部品調達が進んだ時点で価格を下げる余地が出ます。政府はその未来を見込んで、短期の価格メリットより産業基盤の形成を選んだ形です。

ASEAN生産拠点をめぐる競争

投資先として見ると、マレーシアの魅力は消えていません。IEAは東南アジアが中国OEMの海外生産能力拡大の主要地域になると見込み、マレーシアもその候補に入れています。MITIも、592社超の専門ベンダー、英語対応できる技術人材、17本のFTA、6000万人ではなくASEAN全体6億人超へのアクセスを訴えています。

ただし、投資家にとっては条件付きの魅力です。タイやインドネシアのように、大規模国内市場をテコにした自由度の高い量産モデルを期待する企業には、マレーシアの輸出重視・現地化重視の条件は重く映ります。逆に、ASEAN域内やFTA先への輸出も視野に入れ、中長期で部品産業と一緒に根を下ろす企業には適しています。つまり、マレーシアは「何でも売りやすい市場」から、「条件を満たした企業にとって効率的な生産拠点」へ性格を変えつつあります。

注意点・展望

今回の論点で最も誤解されやすいのは、RM100,000、RM200,000、RM250,000が同じ話ではないことです。2026年4月時点で確認できるMITI文書では、CBUの標準最低OTRはRM250,000、2025年末までの特例はRM100,000、BYDなど新規CKD案件の国内販売条件はRM100,000です。RM200,000は一部報道で出た数字ですが、MITIは3月31日に「不正確」と明示しています。

今後の焦点は三つあります。第一に、MITIが見直し中とするfloor price policyをどこまで市場寄りに修正するかです。第二に、中国メーカーがマレーシアの条件を受け入れて本格CKDへ進むのか、それともタイやインドネシアへ軸足を移すのかです。第三に、ProtonやPeroduaが保護の時間を使って、本当に競争力あるEVを量産できるかです。政策が成功するかどうかは、輸入を止めたことではなく、その間に現地産業の実力を引き上げられるかで決まります。

まとめ

マレーシアのEV規制強化は、中国を名指しした排除策というより、中国勢の強さを前提にした産業防衛と誘導策です。2022年から2025年までは輸入優遇で需要を育て、2026年からはRM250,000のCBU基準復帰とAP MRA EVで、現地組立と輸出を伴う投資へ軸足を移しました。最大の影響を受けるのが中国メーカーなのは、彼らが最も安く、最も速く、最も大量に車を供給できるからです。

重要なのは、マレーシア政府がEV普及と産業保護を同時に進めようとしている点です。短期的には消費者の選択肢が狭まりやすいものの、政府はそのコストを払ってでも、ProtonやPerodua、部品企業を含む国内エコシステムをEV時代へ移したいと考えています。今後は、中国メーカーがこの条件付き市場にどこまで適応するかが政策の成否を左右します。

参考資料:

坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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