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トランプ関税また違法判決、司法が問う大統領権限の限界

by 三浦 愛子
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はじめに

2026年5月7日、米国際通商裁判所(Court of International Trade)は、トランプ大統領が全世界からの輸入品に課した10%の一律関税を違法とする判決を下しました。2対1の判断で、1974年通商法第122条に基づく関税の法的根拠を否定したものです。

この判決は、2月20日に連邦最高裁判所がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税を違憲と判断したことに続く、二度目の大きな司法判断となりました。トランプ政権の通商政策は、大統領権限の法的限界という根本的な問題に繰り返し直面しています。

本記事では、今回の判決の法的論点、最高裁判決からの経緯、企業への経済的影響、そして政権が描く次の戦略について、金融市場と実体経済の両面から分析します。

最高裁IEEPA判決から第122条関税への転換

「Learning Resources対トランプ」判決の衝撃

事の発端は2026年2月20日に遡ります。連邦最高裁判所は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件において、6対3の多数意見でIEEPAが大統領に関税賦課の権限を付与していないと判断しました。ジョン・ロバーツ最高裁長官が多数意見を執筆し、ソトマイヨール、ケーガン、ゴーサッチ、バレット、ジャクソンの各判事が同調しました。

この判決により、フェンタニル危機対応として課された関税や、ほぼ全世界を対象とした「相互関税」を含む、IEEPAに基づくすべての関税が無効化されました。政府がIEEPAの下で徴収した関税は推定1660億ドルに上り、33万以上の企業への返還が必要となったとされています。

第122条への「橋渡し」戦略

最高裁判決が出たその日、トランプ大統領は即座に代替策を打ち出しました。1974年通商法第122条という、それまで一度も使われたことのない条項を根拠に、新たな10%のグローバル関税を発動したのです。

この関税は2月24日午前0時1分から発効し、150日間の時限措置として設計されました。期限は2026年7月24日です。第122条は迅速な発動が可能である一方、期間は最長150日、税率は最大15%という制約があります。トランプ大統領は発動翌日の2月21日、Truth Socialへの投稿で税率を法定上限の15%に引き上げる意向を示しましたが、正式な措置は取られていません。

政権の戦略は明確でした。第122条を「橋渡し」として使いながら、150日の猶予期間中に第301条に基づく本格的な関税体制を構築するというものです。

国際通商裁判所の判断と法的論点

多数意見が示した「国際収支赤字」の解釈

今回の裁判では、第122条が定める「国際収支赤字(balance-of-payments deficits)」の解釈が核心的な争点となりました。

2対1の多数意見は、「国際収支赤字」は1974年の経済学的概念に基づく専門用語(term of art)であり、現代的な柔軟な基準ではないと判断しました。トランプ政権の大統領布告は「貿易赤字」や「経常収支赤字」、「対外純投資ポジション」を根拠として挙げていましたが、裁判所はこれらが第122条の求める法定要件を満たしていないと結論づけたのです。

つまり、「貿易赤字」と「国際収支赤字」は同義ではないという判断です。政権側は両者を事実上同じものとして扱いましたが、裁判所はこの読み替えを認めませんでした。

スタンシュー判事の反対意見

ティモシー・スタンシュー判事は反対意見を述べ、米商務省経済分析局(BEA)の統計データは国際収支に関する認定を合理的に裏付けうると主張しました。多数意見が経済測定手法を1974年時点で固定している点を批判し、法律は測定方法論を時代に固定するものではないとの立場を取りました。

また手続き面でも、政府側に原告の事実主張に反論する機会を与えずに略式判決を下したことは誤りであると指摘しています。

判決の適用範囲の限界

重要な点として、この判決の直接的な効力は限定的です。裁判所が差止命令を認めたのは、ワシントン州、スパイス会社のBurlap & Barrel、玩具メーカーのBasic Fun!という3つの原告に対してのみでした。より大きな州の連合による訴えは、原告適格(standing)を欠くとして却下されています。

つまり、判決の法的拘束力は3原告にしか及ばず、他の輸入業者に対する関税徴収は継続されます。

企業と経済への影響

83億ドルの負担と累積コスト

第122条関税の経済的影響は深刻です。関税が全面的に適用された最初の月である2026年3月だけで、米国企業は約83億ドルの第122条関税を支払ったとされています。

より広い視点で見ると、2025年3月以降にトランプ政権下で米国企業が支払った関税の総額は2830億ドルに達しています。このうち1660億ドルは最高裁で違憲とされたIEEPA関税の下で徴収されたものです。

州別では、テキサス州の企業が300億ドル、ミシガン州が190億ドル、ジョージア州が170億ドル、フロリダ州が97億ドルと、製造業や貿易の集積地に負担が集中しています。

家計と経済成長への波及

関税の負担は最終的に消費者に転嫁されます。トランプ関税はGDP比で1993年以来最大の増税に相当するとの分析があり、2026年の米国世帯あたり平均1500ドルの負担増になるとされています。長期的には、米国経済が恒常的に約0.07%縮小する効果があり、2025年ドル換算で年間約200億ドルの経済損失に相当するとの試算も示されています。

金融市場の観点からは、関税政策の法的不確実性そのものがリスク要因となっています。企業は関税コストの予測が困難な状況に置かれ、サプライチェーンの再構築やコスト転嫁の判断を迫られています。

政権の次なる戦略と今後の展望

控訴と第301条への移行

トランプ政権は判決翌日の5月8日、連邦巡回控訴裁判所への控訴を通知しました。しかし、控訴の結果にかかわらず、第122条関税は7月24日に期限を迎えます。

政権の本命は第301条関税です。2026年3月11日、米通商代表部(USTR)は1974年通商法第301条に基づき、中国、EU、日本、韓国、台湾、インド、メキシコなど16の貿易相手国・地域に対する調査を開始しました。対象は「特定製造部門における構造的過剰生産能力」です。

第301条は不公正な貿易慣行に対処するための条項で、IEEPAや第122条と異なり、過去に数多くの法的挑戦を乗り越えた実績があります。期間や税率の制約も事実上ありません。調査の完了と関税措置の決定は7月24日頃を目標としており、第122条関税の期限満了とシームレスに接続する設計になっています。

三つの法的根拠を巡る攻防の構図

ここまでの経緯を整理すると、トランプ政権は関税政策を維持するために三つの法的根拠を順次試みてきたことがわかります。第一のIEEPAは最高裁で否定され、第二の第122条は国際通商裁判所で違法とされました。残る第三の第301条が、政権にとって最後の、そして最も堅固な法的基盤となります。

ただし第301条にも課題はあります。調査手続きに時間がかかること、貿易相手国ごとに個別の根拠が必要なこと、そして相手国からの報復措置を招く可能性があることです。

注意点・展望

判決の実効性に関する誤解

今回の判決について注意すべき点があります。メディアの見出しでは「10%関税が違法と判断された」と報じられていますが、差止命令の適用は3原告に限定されています。大多数の輸入業者は引き続き関税を支払う必要があり、判決が直ちに関税制度全体を無効化するわけではありません。

今後の見通し

短期的には、7月24日の第122条関税の期限満了が次の転換点となります。政権が第301条関税への移行を予定通り完了できるかが焦点です。仮に調査が遅延すれば、関税の「空白期間」が生じる可能性もあります。

中長期的には、大統領の通商権限を巡る司法と行政の緊張関係が米国の通商政策の根本的な不確実性として残り続けます。議会が新たな立法で大統領に明確な関税権限を付与するか、あるいは既存の権限をさらに制限するかという政治的判断も、今後の展開を左右する重要な変数です。

まとめ

米国際通商裁判所の判決は、トランプ政権の関税政策に対する二度目の司法の壁となりました。IEEPA、第122条と続けて法的根拠を否定されたことで、政権は第301条という最後の砦に通商政策の命運を託す形となっています。

企業や投資家にとって重要なのは、7月24日という期限です。第122条関税の失効と第301条関税の発動がどのように接続されるか、その移行期に生じるリスクと機会を注視する必要があります。法的不確実性が続く中、サプライチェーン戦略の柔軟性を確保することが、当面の経営課題となるでしょう。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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