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H-1Bビザ10万ドル超手数料案が揺らす米国人材戦略と留学生

by 村上 詩織
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10万ドル超案がH-1Bを揺らす背景

米国土安全保障省(DHS)は2026年8月24日、H-1Bの新規抽選枠に入る申請へ10万3,265ドルの追加手数料を課す規則案を公表しました。対象は一般枠65,000人と米国大学院修了者向け20,000人の枠で、既存の申請手数料に上乗せされます。

H-1Bは、高度な専門知識を要する職種で外国人材を一時雇用する制度です。テック企業だけでなく、研究、医療、教育、金融、製造の現場にも関わります。今回の提案は、単なる値上げではなく、米国が高度人材を誰に開くのかを決める入口の再設計です。

政権側は、移民行政全体の費用を雇用主に負担させる狙いを示しています。一方で、負担が集中するのは抽選に通った若い専門職、米国で学んだ留学生、中小企業です。制度の財源論と、移民が社会へ参加する道筋の細さが同時に問われています。

103,265ドルが示す制度設計の転換

対象は新規の抽選枠申請

規則案の核心は、10万3,265ドルという額だけではありません。DHSは、この手数料を「H-1B cap-subject petition」に限定すると説明しています。つまり、毎年の上限枠にかかる新規H-1B申請が中心です。

大学、一定の非営利研究機関、政府系研究機関など、年間上限の対象外となる雇用主による申請には適用されない設計です。ただし、非営利団体や小規模事業者であっても、申請が抽選枠の対象なら負担から外れるわけではありません。

この線引きは、読者が最初に確認すべき点です。すでにH-1Bで働く人のすべての更新、すべての転職、すべての大学・病院の雇用に自動で課される制度ではありません。現時点の案では、抽選枠を経て初めて申請できる新規採用の入口に、極端に高い価格を置く仕組みです。

FY2027のH-1B登録では、USCISが1人ごとの登録に215ドルの登録料を求めました。抽選で選ばれた雇用主だけが、4月以降に正式なH-1B申請を出せます。今回の案は、その正式申請の時点で、従来の手数料とは別に6桁ドルの支払いを求める内容です。

財源化される移民行政コスト

DHSは、年間85,000件の対象申請を想定し、年約87億7,752万5,000ドル、概数で約88億ドルの収入を見込みます。計算の根拠は、回収対象とする総費用87億7,748万8,035ドルを85,000件で割り、5ドル単位へ丸めたというものです。

使途はH-1B審査だけに限られません。USCISの審査、詐欺検知、国家安全保障審査、システム近代化に加え、入国審査、移民裁判、領事業務、労働基準執行など、DHS、司法省、国務省、労働省にまたがる費用を支えるとされています。

この設計は、制度理解を難しくします。H-1Bの申請者が、H-1B審査費用だけでなく、移民裁判や他の移民行政コストも担う構図になるためです。DHS自身も、個別申請の直接費用を超えるコストを回収する点について、雇用主側が異議を唱える可能性を認めています。

政権側は、H-1B承認者のFY2025年次報告で年収中央値が13万3,000ドルだったことを根拠の一つに置いています。一般的な最長6年の在留期間で見れば、未調整の累計賃金中央値は79万8,000ドルになるという計算です。高賃金人材を雇う企業なら負担できる、という発想です。

現時点では支払い不要の提案

重要なのは、これはまだ最終規則ではないという点です。DHSは、Federal Register掲載後30日間の意見募集を設け、規則番号USCIS-2026-0298でコメントを受け付けます。電子投稿が基本で、英語または英訳が求められます。

移民法事務所や企業向け移民支援会社も、現時点では支払い義務は発生していないと整理しています。最終規則が出て、有効日と経過措置が明示されるまでは、雇用主が現在の申請にこの額を加える段階ではありません。

ただし、政策シグナルとしての重みはすでに大きいです。採用計画は数カ月から1年以上前に組まれます。スポンサー費用が10万ドルを超える可能性が出ただけで、企業は留学生や海外人材への内定、職種設計、勤務地の判断を見直し始めます。

留学生と中小企業に集中する費用負担

大学院から就労へ続く細い橋

米国の高度人材政策を考えるうえで、H-1Bは留学生政策と切り離せません。Open Doors 2025によると、2024から2025学年の米国の留学生数は117万7,766人です。大学院生は48万8,481人、OPTで実務経験を積む留学生は29万4,253人に達しました。

留学生の57%はSTEM分野で学び、数学・コンピューター科学は26%、工学は18%を占めます。インド出身者は36万3,019人、中国出身者は26万5,919人で、米国の研究室や大学院、企業の採用市場を支える大きな層です。

多くの留学生にとって、F-1ビザ、OPT、STEM OPT、H-1Bは連続したキャリアの階段です。H-1Bの入口が極端に高額化すれば、米国で学ぶ意味そのものが変わります。授業料を払い、学位を取り、実務経験を得ても、雇用主が最後のスポンサー費用を理由に採用を見送る可能性が高まります。

この影響は、家庭の資産、出身国、専攻、大学名によって偏ります。大手テック企業や金融機関に進める学生は残りやすく、地方企業、教育系スタートアップ、地域医療、研究支援職を目指す学生は不利になりやすいです。制度は中立に見えても、費用の壁は進路格差として現れます。

中小雇用主が負う一回限りでない壁

DHSの規則案は、中小企業への影響も明確に示しています。FY2025に抽選枠対象の初回H-1B申請を出したユニークな雇用主は28,649社・団体で、そのうち14,541が小規模事業者と判定されました。

DHSは、10万3,265ドルの追加費用が売上高の1%を超える小規模事業者を11,051と推計しています。これは影響を受ける小規模事業者の76%に当たり、規制柔軟性法上も「重大な経済的影響」と整理される水準です。

この数字は、政策の逆進性を示しています。同じH-1B人材を採用する場合でも、時価総額の大きい企業にとって10万ドルは採用コストの一部で済みます。創業期の企業、地方の病院関連企業、専門職不足に悩む小規模事業者にとっては、1人分の採用判断を消す金額になり得ます。

結果として、H-1Bは「最も必要な雇用主が使える制度」から、「最も支払い能力のある雇用主だけが使える制度」へ近づきます。賃金を上げられる企業へ人材を集める効果はありますが、地域や公共性の高い職場の人材不足を埋める効果は弱まります。

賃金保護策とのずれ

H-1Bにはもともと、米国労働者を守る仕組みがあります。雇用主は労働条件申請(LCA)で、同等職の実際賃金または地域の一般賃金の高い方を支払うことを誓約します。さらに、同様に働く米国労働者の労働条件を悪化させないことも求められます。

もちろん、制度の濫用や低賃金化への懸念は軽視できません。アウトソーシング企業による大量申請、登録制度の不正利用、職務内容と賃金のずれは、これまでも批判されてきました。USCISもFY2025から登録者本人を中心に選ぶ仕組みへ改め、FY2027からは高賃金・高技能を優先する重み付け選考を導入しています。

問題は、10万ドル超の固定費が、悪質な雇用主だけを狙い撃ちできる道具ではないことです。固定額の負担は、賃金水準よりも企業規模に強く効きます。研究開発の初期職、教育テック、地域医療IT、公共部門と連携する民間企業では、必要な専門性があっても採用を断念する圧力が高まります。

移民政策が労働者保護を掲げるなら、賃金監督、職務実態の検証、違反時の処分強化が中心になるべきです。手数料を急激に上げる手法は、保護と排除の境界を曖昧にします。外国人労働者の権利を守るというより、入口そのものを狭める効果が前面に出るためです。

司法審査で問われる手数料と税の境界

今回の案には、2025年の大統領告示をめぐる訴訟の影が濃くあります。トランプ大統領は2025年9月19日、一定のH-1B労働者の入国を制限し、対象となる新規申請に10万ドルの支払いを求める告示を出しました。発効日は同年9月21日でした。

国務省は当時、すでに発給済みのビザを取り消すものではなく、発効後に提出されるH-1B申請を対象にすると説明しました。ホワイトハウスは、米国労働者の保護とH-1B濫用の抑制を目的に掲げました。

しかし2026年6月8日、マサチューセッツ地区連邦地裁は、この10万ドル支払いを実施する政府方針を違法として取り消しました。カリフォルニア州など20州が争った訴訟で、州側は教育、医療、研究、公共サービスの人材確保に打撃が出ると主張しました。

第1巡回区控訴裁も2026年7月24日、政府側が求めた執行停止を認めませんでした。そのため、少なくとも同時点では10万ドル告示の支払いは復活していません。もっとも政府の控訴は続いており、DHSの新規則案もその経緯を踏まえています。

DHSは今回、大統領告示ではなく、通常の告示・意見募集手続きによる手数料規則として構成しました。これは、前回の手続き上の弱点を補う狙いです。ただし、狭いH-1B申請者層に移民行政全体の費用を負担させる設計が、手数料の範囲を超えて税に近いと見なされる可能性は残ります。

さらに規則案は、別個の大統領告示による支払い義務が同時に存在する場合、両方の支払いが必要になり得ると述べています。告示は延長がなければ2026年9月21日に期限を迎えるため、実際に重なるかは未確定です。それでも、政権が複数ルートでH-1Bの費用を上げようとしている事実は明確です。

読者が確認すべき次の判断材料

この規則案を見る際は、賛否だけでなく三つの確認軸が必要です。第一に、最終規則の対象範囲です。cap-subjectとcap-exemptの境界、更新や転職への扱い、発効日前後の経過措置が、実務上の影響を左右します。

第二に、企業と教育機関の行動変化です。米国の留学生は、学費、生活費、ビザ不確実性をすでに負っています。H-1Bのスポンサー費用が跳ね上がれば、進学先としての米国の魅力にも波及します。

第三に、司法判断です。前回の10万ドル告示は、裁判所が行政権の限界を問いました。今回の案が手数料として維持されるか、それとも議会の課税権や行政手続きとの関係で再び争われるかが焦点です。

高度人材の受け入れは、企業の採用問題だけではありません。教育を受けた移民が、どの地域で、どの職場に、どれだけ公平に参加できるかという社会の設計です。読者は、金額の大きさだけでなく、その負担が誰の進路を閉ざすのかを追う必要があります。

参考資料:

村上 詩織

移民・難民・教育格差

移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。

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