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揺れるメディケア・アドバンテージ、医師喪失の危機

by 長谷川 悠人
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3400万人のMA加入者を揺らす病院離脱

米国の高齢者医療保険制度「メディケア」の民間版であるメディケア・アドバンテージ(MA)が、かつてない混乱に直面しています。全米各地で大規模病院システムがMA保険会社との契約を打ち切り、数十万人規模の高齢者が長年の主治医や通い慣れた病院へのアクセスを失う危機に瀕しています。

MA加入者は現在約3,400万人にのぼり、メディケア受給者全体の半数以上を占めます。それだけに、ネットワーク(提携医療機関網)の崩壊は個人の問題にとどまらず、米国医療制度全体を揺るがす構造的問題です。こうした状況下でCMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)は加入者救済のための特別加入期間(SEP)拡充案を検討していましたが、2026年4月の最終規則で制度化を見送りました。本記事では、ネットワーク崩壊の背景、影響を受ける高齢者の現状、そして今後の展望を解説します。

全米で加速する病院のMA離脱

主要医療システムの契約打ち切り

2026年に入り、MA保険プランとの契約を終了する病院・医療システムが急増しています。Becker’s Hospital Reviewの集計によれば、少なくとも19の主要医療システムが2026年中にMA契約を打ち切る方針を表明しました。

代表的な事例として、ニューヨーク・プレスビテリアン病院はユナイテッドヘルスケアとのMA契約について交渉を続けていましたが、2026年5月1日までに合意に至らなければネットワーク外となる見通しです。カリフォルニア州では、15病院を擁するプロビデンス・クリニカル・ネットワークが2026年1月にユナイテッドヘルスケアMAとの契約を終了しました。さらに、メイヨー・クリニックもユナイテッドヘルスケアおよびヒューマナのMA主要プランについてネットワーク外となっています。

がん専門のモフィット・キャンサーセンターは2025年12月にエトナMAとの契約を終了し、2026年7月にはヒューマナMAとの契約も打ち切る予定です。こうした動きは前年から加速しており、2025年にも40以上の医療システムがMA契約を解消しています。

離脱の根本原因:事前承認と支払い問題

病院側がMA契約を打ち切る最大の理由は、事前承認(プライオーオーソリゼーション)に関する深刻な問題です。KFF(カイザーファミリー財団)の調査によれば、2024年にMA保険会社が行った事前承認判定は約5,300万件にのぼり、そのうち約410万件(7.7%)が拒否されました。初回請求の拒否率は約15〜17%に達し、従来型メディケアの8%と比べて倍以上の水準です。

特に深刻なのが、急性期後ケア(退院後のリハビリ施設等)への事前承認拒否です。上院の調査報告書によると、ユナイテッドヘルスケアとCVSは急性期後ケアの事前承認拒否率が全体の約3倍、ヒューマナに至っては全体の16倍以上に達していたとされています。

こうした高い拒否率に加え、承認後の支払い遅延も病院経営を圧迫しています。Health Affairsの研究では、MAは初回請求の17%を拒否し、最終的に多くが覆されるものの、医療機関への支払額は約7%減少するという結果が報告されています。病院側にとって、拒否への異議申し立てにかかる事務コストは膨大であり、経営的に持続不可能な水準に達しているのです。

取り残される高齢者の現実

約300万人が影響を受ける

保険会社の市場撤退と病院のネットワーク離脱により、約300万人の高齢者が2026年にMA保険プランの変更を余儀なくされたとされています。ユナイテッドヘルスケアだけで約100万人、ヒューマナで約50万人の加入者が影響を受けました。

特に深刻なのは地方在住の高齢者です。保険会社がサービス提供地域を縮小する際、都市部に比べて代替プランの選択肢が限られる地方部では、事実上MAに加入できなくなるケースも生じています。また、PPO(優先提供者機構)型プランの削減が顕著であり、ネットワーク外の医師も利用しやすいプランが減少しています。

治療中の患者への打撃

ネットワーク変更が最も深刻な影響を与えるのは、がん治療や慢性疾患の管理など、継続的な治療を受けている患者です。長年の信頼関係のある主治医から突然引き離されることは、単なる不便にとどまらず、治療の質と安全性に直接関わる問題です。

ニューヨーク・プレスビテリアン病院とユナイテッドヘルスケアのケースでは、2026年4月1日以前に治療を開始していた患者については6月29日までネットワーク内扱いとする経過措置が設けられましたが、それ以降は新たな医療機関を見つける必要があります。

CMS の対応と見送られた救済策

特別加入期間の拡充案が見送りに

CMSは2025年11月の提案規則において、MA加入者が主治医や病院のネットワーク離脱によって影響を受けた場合に、通常の加入期間外でもプランを変更できる特別加入期間(SEP)の要件緩和を提案していました。具体的には、ネットワーク変更が「重大」であるという要件を撤廃し、より多くの加入者が柔軟にプランを変更できるようにする内容でした。

しかし、2026年4月2日に公表されたCY 2027最終規則では、この提案は制度化されませんでした。CMSは将来の規則制定において改めて検討する可能性に言及するにとどめ、現時点での実施を見送っています。この決定は、ネットワーク崩壊の渦中にある高齢者にとって大きな失望となりました。

規制強化と緩和の矛盾

一方で、CMSは別の方向でも注目すべき動きを見せています。2026年3月には、データ報告義務の長年にわたる不履行を理由にエレバンス・ヘルス(旧アンセム)のMA新規加入を停止する処分を発表しました。エレバンスは期限延長を申請し、5月30日までの猶予を得ていますが、約190万人の既存加入者への影響はないとされています。

他方、2026年4月のCY 2027最終規則では、スター評価(品質評価)制度から11の指標を削除する決定がなされました。この変更により、MA保険会社は追加で約186億ドルのボーナス支払いを受けるとされています。患者保護策が見送られる一方で保険会社への支払いが増額されるという構図は、批判を招いています。

高齢者が取りうる選択肢

現行制度で利用可能な救済措置

現在の制度下でも、MA加入者にはいくつかの選択肢が残されています。まず、プランが完全に終了(市場撤退)した場合には、SEPが自動的に付与され、別のMAプランへの加入や従来型メディケアへの復帰が可能です。

また、2026年からは、オンラインのMedicare Plan Finderで確認した医療提供者情報が不正確だった場合、加入開始から3カ月以内であればプランを変更できる新たなSEPも導入されています。さらに、毎年1月1日から3月31日までのMA開放加入期間(OEP)では、MAプランの変更や従来型メディケアへの切り替えが可能です。

従来型メディケアへの復帰という選択

MAプランのネットワーク不安定性に嫌気がさした加入者にとって、従来型メディケアへの復帰は一つの選択肢です。従来型メディケアでは医師の選択に制限がなく、メディケアを受け入れるすべての医療機関を利用できます。

ただし、従来型メディケアには年間の自己負担上限額がありません。MAプランでは2026年に年間上限が9,250ドルに設定されていますが、従来型メディケアではメディギャップ(補足保険)に加入しない限り、自己負担額が際限なく膨らむリスクがあります。また、長期間MAに加入していた高齢者は、メディギャップへの加入に際して健康状態による引き受け拒否に直面する可能性もあり、単純な比較は困難です。

AI事前承認とMA加入者減少のリスク

AI活用による新たなリスク

MA保険会社の事前承認プロセスにAI(人工知能)が導入される動きも、新たな懸念材料です。議会報告書によると、ユナイテッドヘルスケア、CVS、ヒューマナでAI活用後に事前承認の拒否率が大幅に上昇したとされています。AI事前承認ツールの異議申し立て時の覆り率が82%に達するという分析もあり、初回判定の精度に疑問が呈されています。

2026年4月からは、MA保険会社に対して事前承認が必要な全項目のリストと承認・拒否率の8つの指標を公表する義務が課されました。しかし、CMSは新たな事前承認透明性ルールの一部を一時停止しており、規制の方向性は定まっていません。

今後の見通し

MA市場の構造的矛盾は、短期間では解消されそうにありません。CMSの予測では、MAの加入者数は2026年に約3,400万人と、約20年ぶりに減少に転じる見通しです。病院システムの契約打ち切りが続けば、ネットワークの縮小はさらに進む可能性があります。

一方、一部の病院システムは保険会社との交渉に頼らず、独自にMAプランを提供する動きも出ています。U.S. Newsの報道によれば、保険会社との争いに疲弊した病院が自らMA保険者となるケースが増加しています。この動きが広がれば、医療提供者と保険者の関係に新たな力学が生まれる可能性があります。

300万人のMA混乱とネットワーク確認

メディケア・アドバンテージのネットワーク崩壊は、事前承認の過剰な拒否、支払い遅延、そして保険会社の収益優先姿勢が重なって生じた構造的問題です。約300万人の高齢者がプラン変更を迫られる中、CMSが救済策の制度化を見送ったことで、当面は加入者自身が限られた選択肢の中で最善の判断を求められる状況が続きます。

MA加入者は、自身のプランのネットワーク状況を定期的に確認し、主治医や病院の契約状況に変更がないか注視することが重要です。不明点がある場合は、各州のSHIP(州保険相談プログラム)や1-800-MEDICARE(1-800-633-4227)に相談することで、無料で中立的なアドバイスを受けることができます。

参考資料:

長谷川 悠人

米国政治・外交

米国政治の内幕を、ホワイトハウスから議会まで多角的に分析。政策決定のプロセスと日本への影響を鋭く読み解く。

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